「ファッションコミュニケーション 対話する服」

「ファッションコミュニケーション 対話する服」を書くにあたって

私は、かれこれ30年にわたりファッションマーケティングを生業にしてきました。
おもな仕事は1〜2年先のファッショントレンド予測にはじまり、商品が店頭に並ぶ18か月前の素材開発、12か月前の商品開発、6か月前の小売業の品揃えのサポートなどなど。
そして、企業や大学でファッションの知識・カラー・VMD(ビジュアルマーチャンダイジング)にまつわる講座も開いています。

1〜2年先のファッショントレンドを予測するとき、私はまず、時代の背景から感じとれる空気感をよみます。そして、そのイメージを言い表すキーワードや視覚化できるビジュアルをたぐり寄せます。
これらをコラージュマップにまとめ、テーマカラーを抽出するとともにテクスチャーから素材を選択。
次に、抽出したカラーと選んだ素材を使って、次のシーズンのファッショントレンドを予測するスタイリングマップを作成。ファッションのスタイルを構成するシルエットやアイテムの特徴が表現されたこのマップが、商品開発や品揃えの方向性を決める指針になるのです。これらのマップは時代の気分をファッションに置き換えて映しだす鏡のような物です。

この仕事をしていて、ファッションには時代を、もっと言えば時代を作りだしている人々の心の動きが大きく関わっていることを実感してきました。
ファッション・トレンドにしてもしかり。そして個人のファッションの好みにしてもしかり。
人の社会性の基本は服を着ることであり、顔以外の9割がファッションで覆われています。
なぜ、その服を選んだのか? なぜ、その服を買おうと思ったのか? なぜ、今日その服を着たのか?
ファッションには、意識していてもいなくてもその人の気分や感情、自分を「こう見てほしい」という思惑、自分が「こうありたい」という願望などが映し出されているのです。つまり、人は無意識にファッションでコミュニケーションをはかっているわけです。

30代半ばのとき、自宅がある芦屋で阪神大震災に遭遇しました。この経験から「有事の際に、ファッションは不要だ。もっと人の役に立つことはできないものか」と思い悩む日々。
そして、「何かあったとき、人の痛みを軽くしてあげたり、元気にしてあげることはできないか?」という気持ちからコミュニケーションのための心理学の道へ。以来、カウンセリングやコーチングについて学んできました。
30年間ファッションを見つめ続けるとともに、20年近くコミュニケーション心理学を学んできた私がたどり着いたのが「ファッションコミュニケーション」というフィールド。そしてファションとコミュニケーションを合わせた独自のファッション論を構築するようになりました。

もうひとつ、本を書きたいと思った理由があります。
それは、最近の日本のファッションに「ちょっとおかしい」「ちょっと違うよ」という疑問をたくさん持つようになったからです。
たとえば、いま日本に蔓延するファストファッション。2000年代半ば以降、一気に世界的トレンドとなり日本の市場をも席巻したのはご存知の通り。1990年前後から始まった日本のバブル崩壊がファストファッションの追い風にもなりました。
とはいえ、インナーなどの消耗品ならともかく、大量生産の安い衣料品で全身をコーディネートし、その現状に満足するのはいかがなものか。

ファッションデザイナーの丸山敬太さんは、ある講演で次のように語っています。
「僕はこの世には2つの服があると考えています。ひとつは“用を足す服”。たとえば、スポーツをするための服やビジネスの場面で着る服など、なんらかの目的や用途を満たす服です。僕が創りたいのはもうひとつの“心を満たす服”です。人生には大切な服、使い捨てではない“心を満たす服”が必要だと、僕は考えています」と。そして、また「最近はファストファッションが溢れていますが、“用を満たす服”を“心を満たす服”の代替にはしてほしくないと思うのです」とも言っています。私も心から同感します。

「人は見ためが9割」という本がベストセラーになりました。たしかに相手が初対面であれば、まず外見から判断しますね。ファッションは自分自身をまわりに語るメッセージのひとつなのです。
安くてトレンドの服を着る。そんな横並びのスタイルで、何が伝えられるでしょうか。
そして、私はファストファッションには次のような弊害があると思っています。それは、なんとなくトレンドに乗っているような安心感とベースにある使い捨て感覚。こんなファッションを身につけていることが物を大切にする心、日本が誇るべき「もったいない」の精神を忘れさせてしまうのでは? と危惧しています。いま、世界は環境と人にやさしいサスティナブルな社会基盤づくりに向けて舵をきり始めたのに、使い捨て文化を促進するようなファストファッションは時代とは真逆の価値観しか育てないのではないでしょうか。ファストファッションすべてを否定はしませんが、自分のためにも、もっと視野を広げてファッションを見てほしいのです。

書店の本棚には、モデルさんやスタイリストさんのファッション本が沢山ならんでいます。この本を書くにあたって私もそれらの多くを読みました。しかしどの本を見ても、あくまでモデルさんやスタイリストさんの持論のみ。そこに書かれたことを自分に置き換えたとして、だれもが参考にできるファッション論だとは思えませんでした。理由として、スタイルがいいモデルさんなら着るだけでかっこよく服が着こなせるし、スタイリストさんはモデルさん相手に、苦労せずに理想的なスタイリングができるからです。モデルさん本やスタイリストさん本はあくまでひとつのモデルパターン。例えるなら、マネキン人形が服を着ている状態をまとめただけ。そこには服を着る心は感じられませんでした。
本書で私が書きたいのは、自分の外側を意識しただけのきれいな服の着かたではなく、着る人の内側をちゃんと意識した服の着かた。着る心を育てたいのです。そして人生のさまざまなシーンで成功するために知っていてほしい戦術・戦略を持った服の着かたを語っていきたい。

ファッションとは時代の流れとともに流動的であいまいなもの。とてもひとことでは語れるものではありませんが、それでも言いたいこと、知ってほしいことがたくさんあります。これまでどっぷりファッションに浸かってきた人生で得た情報や身につけた感性、そしてコミュニケーション心理学で学んだ知識を活かして私なりのファッション論を広く、とくにこれからの時代を担って行く若い人たちに発信したい。そう、思ってこの本を書いていきたいと思います。

就活のブラックスーツ、そしてリゾート地で着るようなクールビズスタイルをよしとしているあなた。
自分の魅力や、人と違うセールスポイントをアピールしなければならない場にこれらの服をほんとうにふさわしいですか?

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