●あなたの劣等感とは、「幻」かもしれません
人はなぜ、服を着るのか。著書「衣服の心理学」(1930年)でJ.C.フリューゲルが指摘した3つの動機を要約すると以下のようになります。
① 装飾……身体の美化を目的として。
② 慎み……衣服で身体を隠し、他者の注意を引きつけないよう自制する目的として。
③ 身体保護……皮膚を守り体温を調節するなど健康維持を目的として。
3つの動機のうち、①の「装飾」は人間、とくに女性が社会生活を営むうえで大きな意味を持ちます。
女性に特化して話を進めましょう。服飾の歴史において女性と衣服との関わりは人生そのものと言っても過言ではありません。「女性の場合、その服装が男性の社会的地位や富を間接的に示すことであったことから、見られる存在として、身体の理想はその時代のファッションと強い関係を持ちながら、さまざまに変化を見せてきました」と牛田聡子氏は解説しています(神山進編集「被服行動の社会心理学」より)。
中世ヨーロッパではコルセットで体のラインを矯正し、時代の流行に合わせた美しいプロポーションを作り上げていました。20世紀に入るとフランスのファッションデザイナー、ポール・ポアレが「女性のドレスとは、装飾で身体を覆うことでなく、女性の身体の自然の容姿を強調することを契機に、それを緊張させることである」と説き、コルセットのないスカートを発表。これを機に女性はコルセットから解放されはじめます。その後、マリー・クワントが1965年に発表したミニ・ルックにより、女性の身体美の価値観がさらに大きく変わりました(神山進編集「被服行動の社会心理学」より抜粋・引用)。かつて、男性の立場の象徴として苦しさに耐えて美しく着飾る存在であった女性。本来のプロポーションをさらけ出す服装とともに自由な存在へと生き方も変化してきたわけです。
社会心理学者である神山進氏は、ヒトの「被服行動」について「被服行動の社会心理学」の冒頭で次のように定義しています。
「人間が被服を着用する場合、そこには2つの目的を区別することができます。一つは「生理的目的」であり、他は「社会・心理学的目的」です。〜中略〜社会・心理学的目的を実現するための被服に一般的に認められる、次のような3つの社会・心理的機能に着目します。第一は被服によって自分自身を高め、強め、また変えるという「自己の確認・強化・変容」機能、第二は被服によって他者に何かを伝えるという「情報伝達」機能、第三は被服によって他者との行為のやりとりを調整するという「社会的相互作用の促進・抑制」機能です」。
ふだん私たちが服を選ぶ際には「自己の確認・強化・変容」機能に着目することが、ほとんどだと思います。つまり、「じぶんに似合っている服かどうか」「じぶんを良く(美しく)見せられる服かどうか」「じぶんの新しい魅力をひきだしている服かどうか」などです。
私たち、とりわけ女性は上記のような服選びをする理由として、じぶんのコンプレックスの解消、あるいは隠匿が大きな動機となります。ここからは、このコンプレックスについて考えてみたいと思います。
「コンプレックス」の意味を調べると、もともとは精神分析で使われる概念とあり、その解説としては「無意識の中に抑圧され、凝固し、そのために意識された精神生活に影響を与え、ときに強い感動を誘発する観念の複合体をいう」だそうです(「ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典」より一部抜粋)。具体例としては「マザー・コンプレックス」「エディプス・コンプレックス」「インフェリオリティー・コンプレックス」などが挙げられます。
「インフェリオリティー・コンプレックス」はいわゆる劣等感のこと。日本では「コンプレックス=劣等感」という使われかたが一般的です。劣等感という概念を発見したのは、オーストリアの心理学者アルフレッド・アドラーだとされています。アドラーは「人はつねに理想の状態を追い求めている(優越追求)。が、理想の状態とは仮想である。いつまでたっても理想に到達できないじぶんに劣等感を覚える」という優越コンプレックスの理論を構築していったそうです。つまり、実現不可能な理想のじぶんは虚像であるのに、それになれないじぶんはダメな人間だと思ってしまう人間心理が「劣等感」。他人と比べるのではなく、いまのじぶんと理想のじぶんとを比較したときに生じる差に嘆きがちなのが人間、というわけです。
たとえば、多くの女性たちの一般的な口癖に「痩せたい」「ダイエットしなきゃ」が挙げられます。けれど、これらの女性の中で本当に痩せる必要がある人は決して多くはありません。では、「痩せたい」と言っている人は謙遜しているのかというとそうではなく、本人はほんとうに痩せたいと思っていることも多い。その理由は「理想とするじぶんの体型に比べると、いまのじぶんは体重がオーバーしているから」というケースが多いはず。
「理想のじぶん」という目標を持って努力をすることは必ずしも悪いことではありません。けれど、「理想のじぶん」にがんじがらめになって無理なダイエットをしたり、劣等感に苛まれすぎて人と会うのがツラくなり、対人恐怖症などになってしまってはなんの意味もありません。そこで、この章では、いまのじぶんの姿を客観的に見つめ、服の選びかたや着こなしの工夫で理想のじぶんに近づけていく方法を解説していきます。