「三つ子の魂」が成長のカギ
私たちの被服に対する意識の芽生えは、いつからなのでしょうか。それは、脳の発育と関係しているように思えます。一般的に、人間の脳の60〜70%は3才ごろには完成していると言われます。そして9才ごろに脳の発育はほぼ終了します。つまり、3才児ともなると、おとなが思っているより遥かにいろいろなことを考える能力が備わっているということです。2才〜3才時の子どもの通過儀礼と言えば、いわゆる「イヤイヤ期」。心理学的には「第一次反抗期」とも呼ぶ「自我の芽生えの現れ」も、脳の発達のなせる技です。自我が芽生えることによって自己主張をはじめる訳です。ドイツの心理学者であるH・ヘッツアーによる調査があります。幼児期にはっきりした反抗期を示した子どもの多くは青年になったとき意志の強さが正常に機能し、一方、反抗期が明確になかった子どもの多くはその後も大人に依存しがちという傾向が見られたとヘッツアーは報告しています。
イヤイヤ期の子どもにありがちな行動のひとつに「親が選んだ服を着てくれない」があります。親から見ると「天候に合っていない」「トップスとボトムスの組合せが変」など、一見、不都合な服を選び、頑として他の服を着ないというものです。ファッション・コミュニケーションの視点からすると、これはおしゃれに対するアイデンティティーを育てるうえで、とても重要なプロセスになり得る現象です。じぶんが選んだ服を着たときの高揚感や達成感、幼稚園などでの他者からの嘲笑などのさまざまな経験を得ることで服に対する価値観も育てられるのです。
多くの人が「イヤイヤ期」でおしゃれの勉強をスタートさせるとしたら、その後はどういう経過を辿っていくのかとういことです。
成長していくうえで、それぞれの年代を象徴するファッションというものがあります。多くの幼稚園では制服があり、小学校でも制服着用が義務づけられる場合があります。制服がない小学生にはランドセルというマストアイテムが存在します。そして、中学・高校と進学していくのですが、このときもほとんどの学生が制服を着用することになります。じぶんは集団の中のひとりだという自覚が芽生えるのは、何より、この制服の着用が大きな役割を担っているのです。
「ペルソナ」という心理学用語があります。「ペルソナ=仮面」で、カンタンに言うと「外面(そとづら)」のことです。人々は、家族に見せる自由奔放なじぶんをそのまま学校のクラスメイトや先生、会社であれば同僚や上司に見せることはほとんどありません。学生らしく、または社会人らしく振る舞っているはずです。心理学者・ユングによると、人がペルソナを被る理由には大きく2つの意味があるそうです。ひとつは素のじぶんを守るため。もうひとつは社会生活における対人関係をスムーズにするため。そのときに属している社会や集団におけるじぶん自身の役割を明確にするためには制服というツールはかなり有効です。役割が明視化されるばかりでなく、着用した本人も制服というペルソナのおかげで与えられた役割が明瞭になるのです。
思春期の自我の芽生えとしての「第二次反抗期」は小学校5年生ごろからとされています。この頃から、親やおとなのいうことに逆らうという子どもの行動が目立ち始めるのですが中学生になると制服を改ざんしたり、校則に反して髪を染めたりするという反社会的行動に出る子どもも現れます。これは子どもなりの、じぶんのアイデンティティーを模索している葛藤の証であるわけです。この時代の制服には、社会に適応していく感性を育成するだけでなく、人によっては自己を確立していくためのキーアイテムにもなりうるのです。
また、いわゆるヤンキーファッションではなく、校則の枠のなかで制服に少し手を加えてじぶんなりに着こなすことに楽しさを見いだすことがファッションへの興味を育てる場合もあります。
学生服の大手企業・尾崎商事が2010年に行った「制服の着崩し実態調査」があります。全国の制服のある学校に通う中高生400人を対象にインターネットで実施した調査によると、じぶん自身の制服の着崩しについて「いつも着崩している」「たまに着崩している」を合わせると高校生41.5%、中学生17.0%だったそうです。着崩しをする理由のトップは「着崩さないとダサイから」が高校生34.9%、中学生41.2%。2位は「着崩しをするとおしゃれに見えるから」で高校生30.1%、中学生29.4%でした。子どもたちにとって「おしゃれであること」は自己のアイデンティティーにとって大きな意味を持っていることがうかがえます。
また、「着崩さないと真面目に思われるから」が高校生6.0%、中学生17.6%、「自分だけ着崩さないと仲間外れにされそうだから」が高校生3.6%、中学生5.9%という結果も。一部の子どもたちとって、服装は集団生活において他者との距離感を計る重要なツールにもなっていることが分かります。「着崩さないと真面目に思われるから」という理由は、「真面目過ぎない、話しが分かるじぶん」というペルソナを被るために制服を着崩しているとも言えます。