美人はほんとうに得か
最近、メディアの呼称として人気なのが「美人すぎる○○○」。○○○には何らかの肩書きが入りますが、美人とはほど遠いイメージのアカデミックな分野との組合せになることが多いようです。「○○○を発見した研究者」であるとか「○○○という新説を発表した学者」などではなく、「美人すぎる」という冠のほうが人の目を引きつけるからでしょう。では、なぜ人は美人に注目してしまうのか。米・アリゾナ州立大学の心理学者であるヴァーン・ベッカー氏が美人に関するおもしろい実験を行ったと心理学者・内藤誼人氏が紹介しています。49人に神経衰弱ゲームをしてもらう際、使ったカードはトランプではなく人の顔写真のカード。ランダムな顔写真の中で美しい女性のカードほど早く揃ったとか。つまり、美人のほうが記憶されやすかったと言えるわけです。
心理学で使う「魅力バイアス」という言葉があります。美男美女など見た目が魅力的な人に対して、見た目以外の要素(性格・人間性・運動神経・仕事の有能さ……など)も優れていると思い込んでしまうという、認知に生じるある種の「ゆがみ」を差した言葉。美男美女は他人からの期待値が大きくなりがちだというのは、人間心理のよくあるパターンのひとつなのです。
こんな実験事例もあります。カナダ・セントメリーズ大学の学生、約170人を対象に強盗犯に関する裁判資料を読んだうえで裁判官のつもりで有罪か無罪の判定させるというもの(参考「スクールソーシャルワーカーだより」2014年5月号より)。学生半数には穏やかな顔をした被疑者の写真、残り半数には目つきが悪い被疑者の写真を添えました。結果、穏やかな顔の被疑者を有罪と判定した学生の割合は約52%。悪そうな表情の被疑者を有罪にしたのは約77%だったそうです。裁判資料はすべて同じ内容だったということからも、写真から受ける印象に左右されたのであろうと想像できます。
美人は初対面の相手に対して、苦労せずとも好印象を与え、人によっては、その後もずっと好印象をキープできます。これは心理学的に言うと「ハロー効果」の成せる技。「ハロー(Halo)」は「Hello」ではなく「太陽や月の光の輪」。「ハロー効果」とは物事や人物への理解において、ある顕著な特徴があったとき、それが全体の印象にまで意識せずとも影響を与えてしまう心の動き。これは、前述の「魅力バイアス」と合わせて考えれば分かりやすいと思います。つまり、ある人の特徴が「美人」だったとき、「美人=いい人」「美人=やさしい人」「美人=上品な人」などのプラスのイメージが作られやすくなる。「美人」と認定された人が、その後どんな行動をとろうともマイナスイメージにつながりにくくなるのです。「美人は得だ」と言われるのは心理学的に説明できるわけです。
「美人=性格がいい人」と人が考える傾向は、実験でも明らかになっています。ミルズとアロンソンが1965年に「魅力的な人はそうでない人に比べて他人対して説得力があるか」を調べました。実験で一人の女性をメイクアップで美人にした状態、逆にメークダウンして魅力のない女性にして、人数が同数の2つのグループに片方は美人、もう片方には美人ではない状態を見せました。結果、メイクアップで美人になった場合は「やさしく」「好感が持て」「陽気で」「落ち着いていて」「チャーミングで」「ファッショナブルで」「きちんとしていて」などと認知されることが分かり、人を説得する影響力の高さも見られたそうです。(出典:越智啓太著「美人の正体」実務教育出版)
人は脳のRAS(網様体賦活系)という神経組織の働きにより、受け取った情報を独自のフィルターにかけて自分が欲しいと思っている情報だけを脳に送っているそうです。たとえば、好きだと思っている異性の声を大勢の話し声の中から聞き分けたり、自分が欲しいバッグを持っている人だけが街でもやたら目についたりと言うことはありませんか。つまり、脳の機能からしても、「美人は内面も美しい!」という思い込みがある人には、美人の良い面しか見えないことも多々あるのです。逆に「美人に性格が良い人がいる訳がない!」という価値観を持った人には、美人のマイナス面しか見えないはずです。ひとりの人間にはさまざまな面があってしかるべき。その中からどの要素をチョイスするかは、相対する人の価値観しだい。Aさんにとっては「美人で性格もきれい」な人も、Bさんから見れば「美人なだけに横柄」な人になってしまう。そのどちらも真実であり、真実ではないのです。美人でいて人気がある人というのは、誰からも性格が良いと思われるような言動を取ることに最大限の努力をしている人かもしれません。