前段では第六感について考察しましたが、ここからは人間の基本的な感覚である五感について考えてみます。五感とは「視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚」の感覚器官とするのが一般的。これら5つの感覚は外界からの情報を体の機能から直接受けるための、いわばアンテナであったり、チューナーなどの受動装置。これだけでは、目に見える風景や聞こえてくる音は、ヒトにとってあまり意味は持ちません。たとえば、だれもが美しいと感じる光景であっても、「美しい」という意味がプラスされるのは「知覚」があってこそ、なのです。外部から取入れた情報に、経験や知識をもって情報処理をして「美しい」「なつかしい」「危険だ」などとヒトが感じることを「感覚知覚心理学」と言います。つまり、「感覚」と「知覚」があってこそ、物事には意味が生じるわけです。また、知覚は主観にも左右されるため状況によって、同じ外界刺激を受けたとしてもそのつど、多少の違いが生じるのです。
たとえば、次の図Aを見たとき、2つの図形の中心にある横線が同じ長さに見えるヒトはいないはずです。有名な「錯覚」の図式ですね。これは左右の線画の影響を受けて線の長さに長短を感じてしまうのですが、そこには知覚の働きがあるわけです。
(図A)ミュラー・リヤーの錯覚
つまり、コミュニケーションにおいてビジュアルのみで相手に好印象を与えるのは、なかなか難しいと言わざるをえません。何か、プラスαがあったほうがいいわけです。
マーケティング戦略に「ブランディング」というものがあります。すごく簡潔に言うならば、ブランド力を高めるための広報活動や製品開発なども含めた企業活動のこと。たとえば、ファッショニスタと呼ばれる有名タレントが愛用するブランドであれば、「おしゃれなブランド」と認知され、売り上げにもつながります。よく、高速道路のサービスエリアでご当地グルメを実演販売しているのも、ブランディングのひとつ。おいしそうなニオイや音でアピールをし、購買意欲をそそるという手法です。これらブランディングは、ヒトの感覚知覚心理学の実社会における実践・応用編と言えるでしょう。これは、コミュニケーションで相手に与える印象操作に役に立ちそうではありませんか?
人間の五感と記憶の密接な関係についてもう少しくわしく見てみましょう。まず、視覚ですが、これは目で見たヒトや情景がそのまま映像として記憶され、似たような状況に遭遇した際「前にもこんなことが……」とフラッシュバックされることがあります。コミュニケーションに応用するとすれば、じぶんの印象を残したい場合、いつも同じ(ような)服装でいる・髪型(カラーも含めて)を変えない・同じ高さの靴を履く(身長に変化が出ないように)……など、覚えてもらうまでは外見のパターンを変えないことです。
聴覚はとても優れた人間の器官です。心理学に「カクテルパーティー効果」という現象があります。大勢の人間がいるパーティ会場などで、離れた場所にいる違うグループのヒトがじぶんに関係がある単語を発していることを聞き分けられる現象のこと。これは人間だから可能なのであってコンピューターでは難しい作業なのだそう。コンピューターの音声認識ソフトなどは静かな場所でないと情報処理ができないのです。人間の脳は聴覚から入る情報処理がとても速く、一説には視覚情報の処理よりも速いと言われるほどです。昔、よく聴いた曲を久しぶりに聴くと当時の思い出がよみがえる……という経験はだれもが一度はしたことがあると思います。聴覚と記憶と脳の間で行われる情報処理は、個人差はあるかもしれませんがとても高次な機能と言えるでしょう。コミュニケーションにおいては聴覚に訴える方法も効果が期待できるわけです。たとえば話し声のトーンに気をつけたり、ふだんから和服着用が多い方であれば衣擦れの音で覚えてもらえる可能性も。そして、相手に不快な音をさせないことも重要。かかとがすり減ったヒールの音、携帯の着信音(ボリュームや選曲)などには注意しなければなりません。
さて、嗅覚ですが、五感の中でも特別な存在とされています。嗅覚がほかの感覚と違う点は「大脳辺縁系」と直接つながっているところ。ここには、感情や食欲などを司どる「海馬・扁桃体」があるため、匂いは本能や感情を直接呼び起こすのです。そのヒトにとって特別な香りを嗅がせたとき、香りに由来する思い出がフラッシュバックする現象を「プルースト効果」と言います。たとえば、香水の香りで、その香水を愛用していたかつての恋人を思い出す……。ケーキが焼ける甘い匂いで母親を思い出す……など。つまり、香りと共にインプットされた記憶は、香りが引き金となって甦らせることも可能なのです。いつも同じ香水を愛用しておくと他人に覚えてもらいやすくなりそうですね。仕事とプライベートで香りを使い分けると自分自身の気持ちの切り換えやモチベーションアップにも役立ちます。
ヒトは触覚からも多くの情報を得ています。硬い・柔らかない・温かい・冷たい・なめらか・でこぼこしている……などなど。そして、日常生活においての触感には往々にして感情も伴っています。「柔らかい=心地いい」「硬い=痛い」など、その状況によって感情も変化します。相手に対して心地よさを伴う触感が与えられれば、その後の人間関係にも役立ちます。たとえば、握手をしたときのやわらかでなめらかな手、高品質で肌触りがよい服の感触などを活用することで相手に好印象を与えることができれば記憶にも残りやすくなります。次の対面において気持ちがいいコミュニケーションへとつながります。
味覚は舌の「味蕾」という部分から得た情報が脳で処理されるのですが、嗅覚からの情報とセットになることが多いようです。ファッションにおいて味覚が登場する場面はあまり無いので、ここではふれません。ただ、「あの人、味があるね」と他人から言われるような個性を出すことができれば、視覚に訴えやすく記憶に残りそうですね。