●ゆがんだ「もったいない」精神の呪縛
いま、じぶんのお財布に現金がいくら入っているか、正確に思い出せますか。お札の枚数だけでなく、小銭が何円まであるかを正確に思い出せる人であれば、いま自宅の冷蔵庫にある食材のストック、洗剤などの身の回り品のストックなども把握しているはず。ムダな衝動買いをすることもないでしょう。ムダな衝動買いをしなければ、家に物があふれるという事態も避けられます。
(繰り返しになりますが)この本はファッションがテーマの本なので、ここではミニマルライフの実践編として自宅のクローゼットの見直しについて考えていきます。
まず、じぶんのクローゼットを見渡して、
A.最近よく着ている服
B.今シーズン、必ず着るであろう服
と、
C.今シーズンはもちろん、昨シーズンも着ていない服
D.持っていたことを忘れていた服
それぞれの選別をしてみてください。
そして、できれば、CとDはクローゼットから出していったん、ダンボール箱などに入れて保管します。クローゼットからはみ出していた服の選別も忘れずに。クローゼットが隙間なくいっぱいだったとしても、これで少し空間ができたはずです。
さて、AとBについてですが見渡したとき、ひと目でどんな服を持っているのかがわかる状態にしておくのが望ましい。クローゼットが広くて同じ空間に収納できるのなら、オーケー。私の場合は、シーズン中に着る服はクローゼットから出してハンガーラックに掛けています。幅120〜150cmぐらいのラックが1本あれば、最大30着は吊るせます。シャツ10着、ニットやスカート・パンツなどで7〜12着、ジャケット3〜5着、コート3着ぐらいでしょうか。この程度だとひと目でワードローブが判別できるので、コーディネートを考えるときもイメージしやすい。また、帰って脱いだ服は湿気を含んでいるため、閉塞したクローゼットにしまうより通気性がいいハンガーラックに掛けておくほうが衣服が呼吸できるので劣化も防げます。
シーズン中に着るであろう全ワードローブを把握しおけば、買い物のあとに「同じようなのを持ってた…」という残念な失敗が避けられます。また、ショップで欲しい服を見てもワードロープとの組み合わせが可能かどうかがイメージしやすくなるので衝動買いをしなくなります。買い物を減らせば、クローゼットを占拠する服も増えなくなる訳です。
クローゼットを占拠する魑魅魍魎たるワードローブの選別ができたら、もうひと押し。先ほど箱に分けたCとDです。シーズン中はそのまま箱に入れておくほうが望ましい。着る機会があれば、そのときに箱から出してクローゼットに戻します。もしシーズンが終わるころまで箱から出すことも、思い出すことさえもなければ、それはじぶんにとっては不要な服。そのまま廃棄するかリサイクルに出しましょう。「今年は着なかったけれど、来シーズンは着るかも……」という迷いは禁物です。
物を捨てるときに感じる「もったいない」。この感情とうまく折り合いをつけることが人生を豊かにするか否かを大きく左右するといっても過言ではありません。というのも、私たちは日々、「埋没費用」=「サンクコスト」問題と向き合い、選択を迫られているからです。
「サンクコスト」とは「回収不可能な費用」のこと。具体的に言えば「チケットを買ったのに残業で行けなかったコンサート費用」であったり、中止した旅行のキャンセル料などのことです。これらのサンクコストはもったいないものであり、この体験に対して人はマイナスの感情を抱きます。すると、人はサンクコストに対する必要以上の嫌悪感を抱くようになり、避けることにパワーを使うのです。
サンクコストを回避しようとする人は「せっかくお金を払ったんだから」という理由で今度は時間や経験をムダにするようになります。たとえば、映画館に観に行った映画を上映後すぐにおもしろくないと感じたとしても「高い料金を払ったのだから観て行こう」となり、最後まで観てしまう……。経験がある人は少なくないのでは。でも、これでは時間を有意義に使っているとは言えません。おいしいコーヒーを飲んだり、人と楽しくおしゃべりをしたりする時間を犠牲にしてまで、どうしてつまらない映画を観るために座っているのでしょうか。それは、ひとえにサンクコストである現状を認めたくない=失敗を認めたくない心理的な働きのせい。
それまでの投資や出費を惜しんでやめるにやめられない状態を「サンクコスト効果」や「コンコルドの誤り」などと言います。「コンコルドの誤り」の由来のエピソードはフランスの超音速旅客機・コンコルド。最新科学の粋を集めた夢の旅客機として開発が進められ、世界的にも注目されましたが、あまりにも膨大な費用とそれに見合うだけの利益が判明。それでも世界的な注目度の高さなどからしばらくは運航を続けていましたがついに苦渋の決断をくだし、2003年運航は終了。これが「サンクコストの誤り」を象徴しすぎるエピソードとして、いまや名称にまでなってしまったのです。
「コンコルドの誤り」がもたらす危険性を身近な例で考えてみましょう。久し振りに都心のおしゃれなショッピングビルに出かけたときや、郊外のアウトレットモールに遠征したときのことを思い起こしてみてください。「せっかく来たんだから、何か買って帰らないと今日1日を損した気になる……」と、無理やりに何かを買った記憶はありませんか。この場合は、買い物までに費やした時間を惜しむ気持ちや、何も買えなかったこと虚しさを感じたくないとする気持ちなどに囚われて、冷静な判断ができなくなっているわけです。そして、それほど欲しくなかった服や小物であっても、買ってしまうと今度は「捨てるのがもったいない」と、空間や気持ちが物に侵食されてしまい、どんどんミニマルライフから遠ざかることに。
「もったいない」は日本が誇れる文化であり、いまや世界に通用する言葉にもなっています。とはいえ、「もったいない」の呪縛から抜け出せずに時間や空間、気持ちまでを犠牲にしては本末転倒。それこそ、人生が「もったいない」状態になってしまいます。
もし、ミニマルライフを目指すのであれば、「サンクコストの誤り」からじぶんを解放する必要があります。そこで、身の回りにためこんだ物を思いきって捨ててしまうのも、ひとつの方法です。荒療治ではありますが、物を捨てる痛みを感じることで次からのムダ買いをやめるきっかけになりそうです。
「もったいないから捨てない・取っておく」のではなく、「もったいないから必要以上の服・物は買わない(捨てることになる物なら買わない)」に考えかたをシフトチェンジするのです。そうすれば、買うときにじっくりと時間をかけることにもなるであろうし、同じような物を買うような失敗も避けられそうです。
「捨てることになるような物は買わない」ためにはもうワンステップ、考えかたを変えてみてください。「長く、大切に使える物かどうか」そして「じぶんをハッピーにできるかどうか」です。そうすると自然に上質な物を選ぶようになります。上質な物であればお財布と相談しながら少しずつ、少しずつ、時間をかけて購入するはずです。服であれば、上質でトレンドに左右されない服を選ぶ方向に気持ちのベクトルが向き、自然にミニマルファッションを手に取るようになりそうです。
ただ、若い人に関して言えば若いうちはいろいろな経験をしたほうがいいと思うので、トレンドを追いかけて楽しむのもいいでしょう。トレンドファッションは長く着るものではないし、経済的なことも考えてファストファッションやプチプラ・ブランドなどを賢く活用して、シーズン終わりには一斉に処分するぐらいのつもりでいいと思います。