わずか数秒で決まる人間関係

第2章 「コミュニケーション」とは
 わずか数秒で決まる人間関係
 「第一印象が肝心」。いまさら言われるまでもなく、だれもが思っていること。では、その第一印象は、実際にはどれほどの時間で決まってしまうのでしょうか。
 たとえば、スカンジナビア航空の社長ヤン・カールソン氏は次のようなことを言っています。
「最前線の従業員の15秒間の接客態度が、企業の成功を左右する。その15秒を“真実の瞬間”という」(ヤン・カールソン「真実の瞬間」ダイヤモンド社より)。ビジネスの成功はお客さまの第一印象によって決まり、その第一印象は最初の15秒間の接客で決まってしまう、というわけです。
  米・プリンストン大学の心理学者ジャニン・ウィスリ博士が初対面での人間心理を探る実験をしたところ、「好き」か「嫌い」かの判断は0.1秒間で下されていたという結果になったそうです。 第一印象はわずか数秒ほどで、ある程度決まってしまう思っておいて間違いはなさそうです。
 では、なぜ人はこれほどまでに第一印象を気にし、振り回されてしまうのでしょうか。それは、心理学でいうところの「初頭効果(Primacy effect)」という分野で研究されています。人は最初に覚えたり、触れたりした事柄は記憶や印象に残りやすいという人間心理を初頭効果と言います。身近な例をあげてみましょう。たとえば、こどものころに初めて食べたピーマンがとても苦くて固くて美味しくなかったとします。「ピーマンは苦くておいしくない!」と思った子どもはピーマン嫌いになり、以降、食事に出されたピーマンを残すようになる……。出がけに家族に「帰りにスーパーで食パンと牛乳とリンゴとトイレットペーパーを買ってきて」と頼まれたとします。いざ、スーパーに行ったとき、最初の食パンや牛乳をすぐに思い出せても、最後のトイレットペーパーを思い出せない……。だれもが経験したことがあり、大げさに言えば、その後の人生を大きく左右してしまうのが初頭効果なのです。
 もうひとつ、怖い事実があります。実は人は、一度「こうだ!」と思うと、それを裏づける情報ばかりを選んで集めてしまう傾向があると言われています。心理学では「確証バイアス」といいます。一度相手にネガティブなイメージを与えてしまった場合、その後のおつきあいでポジティブなイメージに変換するのがむずかしい理由がおわかりいただけましたか? 上司にどれだけいいアイデアを提案しても難色を示されるのに、ほかの人が一度だけいいアイデアを出したらすんなり許可された……という経験をしたことはありませんか? それは、初頭効果がなせるわざかもしれません。
 では、相手に良い印象を与えようと思ったら、初対面で何に気をつけなければならないのか。それはずばり「見ため」です。人の五感が外部からの情報を受けとるときの割合は視覚が83%、聴覚が11%、臭覚が3.5%、触覚が1.5%、味覚が1.0%とする資料があります(「産業教育機器システム便覧」より)。つまり、私たちは目から入った情報を主観として、いろいろな判断していると言っても過言ではないわけです。
 次に好印象を与えるコツについて、考えてみましょう。たとえば、あなたがセミナーにひとりで参加しようとしていとします。座席が自由に選べる場合、一体どのような席を選択しますか? まず、会場内の空席をピックアップし、それぞれの空席の隣に座っている人間を観察するのではないでしょうか。そして「この人の隣であればOK」と判断した席を選択するはず。この場合の基準には、おおむね、次のような理由があげられます。
 まず「同じ女性(男性)だから」「同じくらいの年代だから」「同じような服装をしているから」など共通点がある人の選択。人は自分に近い要素を持った人には無意識に親近感を覚えます。たとえばテレビに出ている有名人の出身地や出身校が同じだと知ると、その人に好感をもったり、それがきっかけでファンになったりしたという経験は多くの人が持っていると思います。有名人ではなくとも、あまり親しくなかった大学の同級生が同じ高校の出身だとわかったとたんに共通の話題が豊富になって会話が弾み、心理的距離感が短くなるというケースも珍しくありません。人は共感がもてる相手と一緒にいると心地よさを感じ、とても安心した気持ちになれますが、その理由も脳の働きと深い関係がある。もともと脳は無意識のうちに安心した状態にとどまろうとする性質を持っているといわれます。共感を持ち、気を許した相手に対し「もっと話していたいな」「また、会いたいな」と思うのも、脳が引き起こす心理状態なのです。 共通点以外の理由として考えられる「話しやすそうな人」「明るそうな人」「親しみやすそうな人」なども、安心感が得られそうな相手というのも、脳がそれを好むから。ほかには「ステキな人だから」「ちょっと自分のまわりにはいないタイプの人だから」という理由で判断する人もいまず。この場合は相手に対する「興味」が理由。つまり、好奇心ゆえの行動になります。初対面の相手との間に「共通点」「安心感」「興味」などが見いだせた場合、心の距離は縮まり、コミュニケーションがとりやすくなるのです。初対面で成功するうえでの大切なキーワードです。
 最後に、付け加えておきたいのは日々の第一印象。職場で、学校で、その日はじめて顔を合わせたときの第一印象も大切にしてください。職場や学校の朝、人と会ったときなどなど。「とってもおしゃれ。センスのいい人だったんだ」「髪型を変えてステキになった!」など好印象を与えることで会話もはずむし、商談もスムーズに行きそうです。
コラム
〜第一印象を考えるうえで重要な鍵を握るのが「メラビアンの法則」〜
米・UCLA大の心理学名誉教授であるアルバート・メラビアンが1971年に発表した心理学の概念。人の好意や反感に関するコミュニケーションについての研究で、感情と態度が矛盾したメッセージが発せられたときの人の受け止め方について考察しています。つまり、顔は怒っているのに口調はやさしい場合と、その逆のパターンで対話したとき人は五感の何を基準にするか、などです。実際の実験内容は、まず「maybe」という単語をさまざまな抑揚で録音したテープ音声を被験者に聞かせ、さらにその音声とさまざまな表情の顔写真を組合せて聞かせたそうです。この実験での被験者の反応をまとめて数値化したら、視覚と聴覚では視覚に重きを置いた人の割合が55%、逆に聴覚を優先させた人が38%、話している内容などの言語情報が7%という結果になったそうです。このデータの数値が広義的に「人は見ために左右されやすい」と解釈されていますが、メラビアンの研究意図からすれば少し違うようです。たとえば、男性がみんなのいる前で恋人に「今日の君は特別きれいだね」と言い、それを受けて女性がほほえみながら、少し強い口調で「みんなのいる前で、何よ!」と言った場合、男性はどう思うのでしょうか。おそらく、「とか、言いながらうれしいんだな」と思うのではないでしょうか。「怒らせてしまった!」と思う人のほうが少ないことでしょう。これがメラビアンの法則です。つまり、表情と話し方が一致していない場合、見ためで理解する人と聞こえかたで理解する人に分かれ、ひとつの情報でも伝わり方が違ってくる、ということです。そこで、私からの教訓! 大切な会話ほど、表情と話し方を一致させないと誤解が生じることもあるので、気をつけましょう。